【05】短期間での資金調達
~前回のお話~
私達の望む条件がすべてそろっている西表島に決定しました。
そして離島の海の綺麗さに驚くはずですよという派遣担当者さんの言葉に二人でとってもわくわくしました。
田中のお母さんが初めての移住で離島はハードルが高いから手頃に沖縄本島にしておいたらという言葉がありましたが右から左でした。
どうせここから遥か遠くの沖縄へ移住するのだから本島も離島もこの際一緒だと思いせっかくの助言でしたが全く参考にしませんでした。
それに移住に挑戦するならのんびり田舎もいい!!この時はそんなことをおもっていました・・・
さて移住先の島と働くところが決まったら次は移住に向けて準備です。
やっぱりはじめての沖縄へ行くならいろいろと欲しいものがありました。
新しい水着とか新居を彩る小物やキャリーバックだってカワイイやつに新調したかったのです。
・・・しかしそんな事をいってる場合ではないくらい私の所持金は底をつきかけていました。
沖縄移住目前で残りの残金なんと5万円ほどでした。
しっかり計算はしてませんでしたが私はなんとなくこの所持金でなんとかなると思っていました。
ほんとうに楽観的に考えてたのだと思います。
たまたまお金の話題になった時に田中に現在の所持金の話をしました。
すると全力で短期のバイトをすることを勧められました。
今の所持金が5万円なら西表までの交通費や最低限必要備品を買ったら残りのお金は確かに3万円切ります・・・
一番初めの給料がでるのは1か月くらい先だと考えて・・・そこでようやく確かに3万円で生活は不安になってきました。
考えを改め西表へ移住するまで残り2週間で日払いの仕事をすることにしました。
求人を漁ってみつけたのが大手通販サイトの仕分け作業でした。
めちゃめちゃ大きな工場での仕分けの単純作業でした。
滑り台のようなところから荷物が降りてきてアルファベット順に仕分ける単純作業で沖縄移住の妄想しながら仕分けに励みました。
稼げたのは3万円くらいでもう少し早く資金調達していればと後悔しましたが、3万円でも稼げたのは大きかったと思います。
田中に助言してもらい本当によかったです・・・
おかげでなんとか飛行機代と備品購入してもギリギリ所持金5万円ほど持っていくことができました。
【04】派遣登録と場所選び
~前回のお話~
まず私の家で集まり、パソコンでリゾートバイトの求人を見ました。
大体の業務内容がホテル関係の求人でした。
レストランサービス、フロントベル、マリンレジャー、お土産ショップ、あとはガールズバーなどのお酒の席の求人でした。
2020年の今は沖縄も最低賃金が上がってるのでそこまで低い時給ではなくなりましたがその当時は時給を見てみると680円~700円台と低くやっぱりリゾバの時給も私達の住んでる地域と違って低い印象を受けました。
とりあえずまずは派遣登録をしようと思い実際に派遣会社へ出向き2社程派遣登録をしました。
履歴書のようなものを書いたり、それに添付する証明写真なんかも撮影しました。
そして自分たちの条件を伝えて求人票のようなものをもらい話を聞いて検討する。そんな流れでした。
求人票には、時給、業務内容、持ち物、ホテル名、立地、寮の間取りや写真などが記載されていました。
私たちがあらかじめ決めた譲れない点は3点でした。
・寮個室
・友達同士応募OK
・最長3か月
あとできれば人間関係良好なところを希望しました。
ガールズバー系の仕事以外なのと未経験で3か月しかいないため為高級ホテルでハイレベルなサービスを求められるの困る事を伝えました。
まぁ結局譲れない点は3点以上あったのですが、
そこで2社からもらって最終的な候補に挙がった求人は
久米島のホテルスタッフ
宮古島のホテルスタッフ
西表島のホテルレストランスタッフ
場所に関しては二人ともあまりこだわりがなく、沖縄で海が綺麗ならそれでいいやという感覚でした。
もう遥々海越えて親元離れていくわけだし沖縄ならもはやどこでも一緒ぐらいの感覚でした。
ちなみに田中も沖縄旅行にいっていたというのは沖縄本島の話で離島には行ったことはないようでした
まぁなんとなく二人の浅はかな考え的に沖縄本島よりも沖縄離島の方が海の透明度も高くひと夏のんびり田舎ライフを満喫できる。
そんなぐらいにしか思っていませんでした。
そして派遣担当者さんのおススメ求人!ということで西表島の求人に決めました。
宮古島の求人はハイグレードなホテルの求人だったので条件には合わず
そして久米島も相部屋だったので避けることにしました。
寮個室、友達同士OK、アットホームな雰囲気で3か月期間OK
私たちの望む条件がすべて揃っていました。
ちなみにこの時の私達二人の中での西表について知っていることと言えばイリオモテヤマネコがいる島。それくらいの認識しかありませんでした。
いよいよ、沖縄移住が現実的になってきました。
~続きはこちらから~
【03】雰囲気に感化されていざ決意!
田中との久しぶりの再会で話が止まらず近況報告や懐かしい思い出話に花を咲かしました。
田中も丁度8月いっぱいで今のコールセンターの仕事の契約が切れるとのことで次の仕事は何にしようか考えている最中のようでした。
最っ高のタイミングだと思いました。
一人では無理でも田中と一緒なら一か月以上の移住も頑張れそう!そう思いました。そして思い切って沖縄リゾートバイトの話をきりだしてみると沖縄好きということもあって田中もなかなか前向きなリアクションでした。
前向きではあったけれどその時はまだそれじゃあ決定!いてみよう!とまでは踏ん切りがつきませんでした。
とりあえずリゾバとはどんなもんやい?ってことでネットで二人で情報を漁ってみることに。
結局出てきた情報といえばリゾバで体験した怖い話という現実離れした情報のみでした。しかも沖縄リゾバでもありません。
あの2ちゃんで有名なやつです、、、
https://www.google.co.jp/amp/sakebigoe.com/amp/20130105105445
しかも長編に渡るその怖い話を朝まで時間を使って結局は全編二人で読んで夜を明かしたのでした。
翌日、私と田中は一睡もせず空港行のバスに乗り海外留学の友達を伊丹空港まで見送りました。
海外へ短期留学へ行く友達はどこの国へ行ったのか忘れましたが、留学へ行けるのは学校からたった3人。その中に選ばれたのです。
この日の為に一生懸命勉強を頑張って推薦を手に入れたのです。
私達が茶化して羨ましいーーー!!と騒ぎ立てると、不安で胸がいっぱいだよと言っていましたがまだ見ぬ世界を見に行く友人が本当に羨ましく感じました。
私は今まで一度も飛行機に乗ったことがありません。
空港に到着するとキャリーバックをひいて行きかう人達で溢れていました。
いつも旅行で行く7800円で泊まれる湯快リゾートのバス乗り場の新大阪もわくわくしますが、空港はそれ以上のわくわくした空気を纏っていました。
搭乗時刻が近づきいよいよ大きなキャリーバックを引き新たに世界に挑戦する友人としばしの別れの時が来ました。
帰ってきたらまた遊ぼうね、お気をつけてと約束しお別れしました。
完全に空港といういつもと違う雰囲気の場所に田中も私も完全に感化されたのだと思います。
帰りのバスの中で隣の座席に座る田中にもう一度「なぁ、うちらも沖縄行こうやぁ!」と言うと今度は田中も頷いてくれたのです。
私と同じく感化されている田中を説得するのは、この一言で充分でした。
最初一人なら一か月だけと思っていたけれど、田中と二人なら一番最低期間の三か月にも挑戦できるしなんだか友達とリゾートバイトと考えると本当にわくわくしました。
この空港のお見送りを見なければもしかしたら決意まで至らなかったかもしれません。
次の日からリゾバに向け二人で計画と準備に取り掛かることにしました。
8月ももうすぐ終わる、そんなころでした。
【02】西表島へ移住決意するまで
あこがれていた沖縄へリゾートバイトで行ってみようと思い立ち期間は長くて一か月の8月いっぱいに設定しました。
あくまでも今回は憧れの沖縄へ手軽に移住体験してみたい!
夜な夜なネットでリゾートバイトの事を調べてみるとまずはリゾートバイトを扱っている派遣会社へ登録したのち仕事を紹介して貰う。そんな流れでした。
ちなみにリゾートバイトは沖縄だけでなく、北海道や軽井沢や温泉街なども選べ、沖縄以外の勤務地だと時給も良い条件のところが多い印象でした。
そして意を決して、ネットで調べた派遣会社に電話してみました。
・・・しかし
淡々と話す電話越しの女性に1か月は短かすぎて仕事を紹介できないとあっさり断られてしましました。
いままで21年間親元を離れたことが一度もなく前の職場で新幹線に乗って広島出張にいくのもドッキドキのこんなわたしが見知らぬ土地でしかも遥々海をも超えた沖縄でたった一人で一か月以上期間を延ばしての移住は無理だと思い一旦断念することに。
沖縄移住が無理となればさっさと大阪で就職しなければと何件か面接にも行ったけれど圧迫面接に圧倒されまくりどんどん落ち込んでいいました。
ますます働くことに対して自信がなくなってしまい、学歴も低いことも気にしていた私はこれから先働くことができるのかどんどん不安になっていきました。
いつのまにか昼夜逆転ニートに出来上がり隣で寝ているお母さんを起こさぬようゲームとネットサーフィンにあけくれていました。
そんなどうしようもない日々を過ごしている中でしたがそこで流れを変える再会が訪れたのです。
海外へ短期留学へ行く友達をみんなで空港まで見送ろうと連絡があり小学校からの女友達4人と集まり個室のネットカフェで女子会を開催しました。
そこにはあの田中も来ていました。田中とも会うのは久ぶりで中学2年生くらいの時は、ほぼ毎日顏合わすほど仲が良かったのに中学卒業して次第にお互いのライフスタイルが変わり自然と離れてしまっていたので久しぶりに再会を果たせてとっても嬉しく思いました。
翌日の朝早くにネカフェを出てから伊丹空港行のバスに乗り友人を見送る予定で、ほかのみんなは眠りについていましたが、私と田中はその隣でいろんな話をしました。
そしてこの田中との再会が西表移住のきっかけになっていくのでした。
【01】西表島へ移住決意するまで
私が20歳の頃ひょんなきっかけで沖縄の離島、西表島へ短期間移住した体験をこれからブログに書いていこうと思います。
何年経ってもあの頃のことを思い出すと話が止まらなくなる程私にとって濃ーーい経験となった西表島生活。
手持ちの所持金約5万円で思い切って1611キロ先の離島の離島へ!
自分にとっても忘れないよう記録する為、当時を振り返って書いていこうと思います。
話す事は割と好きなのですが文章で表現するのは初めてなのでわかりにくい部分も多くあると思いますが読んで頂けると嬉しいです!
・・・
西表へ移住を決意する前21歳の当時、私はアパレル店で働いていて勤務地は住んでいる地域の一番繁華街に通っていました。
高校卒業してから約3年程働きましたがフワンフワンな甘いお洋服のイメージとは真逆の体育会系の職場も今思えば、中学時代入部したバレー部も一週間もしないうちに退部してしまうような私には全く合ってなかったのかもしれません。
別の事がしてみたい。家でテレビを見ているときに急に思いつき梅雨明けすぐの退職を決めました。
退職後は長期の休みもなかなか取れなかった為
自由な時間がたくさん増えたことがただただ単純に嬉しくってせっかくなら就職する前に、今しかできない事をしたい!そんな風に強く思ったのです。
そんな時に一番に頭に浮かんだのが【沖縄短期移住】でした
沖縄には一度も今まで行ったことはありませんでした。一度も行ったことはなかったけれどずっと気になっていた憧れの場所。
小学校の頃、こげぱんという焦げたパンのキャラクターの挿絵の「おきなわぶらり旅日記」を読んだのが最初に沖縄を知ったきっかけでした。
写真はほぼなく鉛筆タッチで差し絵の描かれたその本を何度も何度も読んだのを覚えています。
星の砂たるものが沖縄にあって浜辺でそれを探すという内容に一番心を惹かれました。
そこから沖縄は私の気になる存在となっていきました
私は高校ではあまり友達ができなかったのですが、小学校からの友達は大人になった今でも仲良くしています。その小学校からの友達の一人田中も沖縄が好きでした。
それに田中は沖縄へ家族旅行で行ったことがあるそうで田中の話を聞いても沖縄が素晴らしいところだということを再確認できました。
お泊り会をしている時も沖縄旅行にもしもいけたら飛行機代やら宿泊費を考えてはあーだ、こーだという話を寝る間際まで延々と続けました。
結局は旅行に行くにしても一人10万くらいかかりそうということで夢の話で終わりました。
そんなこんなでひそかに思いはせていた沖縄にこの際なので行ってみようと思いました。
もちろん当時も当時とて貯金の概念などなく貯蓄せず退職してしまい長期の旅行ましてや一人でいくのは金銭的にも厳しいので住むところや交通費の手当もあって働きながら沖縄を満喫できるリゾートバイトというものがあることを知りリゾバで沖縄へ短期移住することにしました。
カネもコネもない私が沖縄に住める方法はこれしかないと思いました。